2026年2月15日日曜日

泥炭で農業をするということ

 泥炭で農業をするということ

(以下の内容は、私が2時間話した内容をAIで要約したものです)


― 変化する気候の中で土と向き合う意義 ―


泥炭土壌は、一般的な鉱質土壌とは本質的に異なる。

それは、長い年月をかけて湿地に植物残渣が堆積し、未分解のまま蓄積された有機質の層である。北海道の泥炭地はおよそ数千年をかけて形成され、場所によっては数メートルの厚さを持つ。そこには、かつての植生の歴史が閉じ込められている。


しかし「泥炭」と一括りにすることはできない。

堆積した植物がミズゴケ主体なのか、スゲ・ヨシなのか、木質残渣なのかによって、養分量も分解速度も保水性もまったく異なる。1キロ離れただけで作物に適さない泥炭も存在する。泥炭で農業を行うということは、まずこの個体差を受け入れることから始まる。


泥炭は養分を多く含む。特に腐植由来の有機酸は、養分の急激な吸収を緩やかにする緩衝作用を持つ。この特性は、冷涼だった過去の北海道では大きな利点だった。夏が短く気温も低かった時代、泥炭の養分供給力は作物の生育を支え、翌年への蓄積を可能にした。アスパラガスのような多年生作物にとって、泥炭は「力のある土」だったのである。


しかし現在、気候は変わった。

夏は高温化し、分解は加速し、作物は与えた養分を過剰に吸収する。かつては利点だった養分供給力が、今は過繁茂や翌年の芽数減少につながる要因にもなり得る。土壌の本質は変わっていない。変わったのは環境である。


ここに、泥炭農業の本質的な意義がある。


泥炭は「向いている」「向いていない」という単純な評価では語れない。

どう使うか、どう制御するかによって価値が変わる土壌である。養分を吸わせる技術よりも、「吸わせすぎない技術」が求められる。施肥設計は固定的ではなく、気温・降雨・分解速度を前提に再設計されなければならない。


また、泥炭地は水との闘いでもある。地中の水脈は基本的に変えられない。同一圃場内でも排水性に差が生じる。全面改良は可能だが、費用対効果を考えれば現実的ではない。泥炭農業とは、自然条件を完全に矯正するのではなく、その揺らぎを理解し、許容し、使いこなす営みである。


泥炭で育つアスパラガスは、独特の香りと柔らかさを持つ。

それは単なる「有機物が多い土」という説明では足りない。長年堆積した植物由来の腐植が、微生物相や養分放出のリズムを形成し、作物の二次代謝にも影響している可能性が高い。泥炭は単なる培地ではなく、時間が蓄積された環境そのものだ。


しかし、その品質優位性もまた、気候に左右される。

20年前の冷涼な夏に生まれた味は、現在の高温環境では完全には再現できない。今できるのは、変化した環境の中で最良を目指すことだ。技術とは、理想を生み出すことではなく、劣化を食い止める努力の積み重ねでもある。


泥炭で農業をする意義は三つある。


第一に、土地の個性を理解する営みであること。

泥炭は均一ではない。だからこそ、観察と分析、仮説と検証が不可欠になる。土壌分析は単年では意味を持たず、複数年の傾向から設計する。だが最終的な判定は作物が下す。理屈と生体反応を往復する姿勢こそが泥炭農業の核心である。


第二に、気候変動への適応の最前線であること。

泥炭は環境変化の影響を受けやすい。分解速度、病害発生、養分吸収が気温と直結する。だからこそ、環境の変化を敏感に捉え、栽培方法を更新し続ける必要がある。泥炭農業は、過去の成功モデルを守る農業ではなく、常に書き換え続ける農業である。


第三に、品質を軸にした農業の可能性を示すこと。

かつては量で評価された。しかし現在は味と個性で評価される。泥炭の特性を理解し、制御し、活かすことで、他土壌では出せない品質を生み出すことができる。それは単なる差別化ではなく、土地の歴史を味として表現する行為でもある。


泥炭で農業をするとは、

過去の植物が積み重なった時間と、現在の気候変動の只中で、作物と対話することだ。


自然条件を言い訳にせず、

成功体験に固執せず、

土壌の性質を理解し続ける姿勢そのものが、泥炭農業の価値である。


泥炭は難しい土である。

だが理解すれば、強い。


その難しさを引き受けることこそが、

泥炭で農業をする意義なのだと思う。

年始、振り返り

もう2月ですが、2026年もよろしくお願いします。

忙しいわけでもなく、どうせ誰もみたいないブログだし、
昔みたいに何でもかんでも書けなくなっちゃっているので、
更新も怠けています。

尊敬する先輩2人とススキノに。
2、3人と少人数で交流する面白さ、最近は好きです。
滑る足元に注意しつつも、そのやり取りが仲良さそうで、パシャリ。
現場でバリバリやっている先輩は、いつでも刺激をたくさんくれます。


雪が少ないんですよ。
積雪量では6割くらいでしょうか。
たまに大雪が降りますが、この雪下ろしも今年は数回しか行っておりません。
雪が少ない年は、夏の雨が多い年。
今年も苦労する夏になりそう。


今年の家族旅行は、尾道へ。
今年で最後かなーと思いながら、年々親から離れていく子供たち。
途中に1人で姫路城に行ったりできるのは嬉しいですが、
別に一緒じゃなくていい、という言葉は寂しいですね。

息子の同級生9人が泊まりに来てくれました。
みんなで狭い家の中でぎゅうぎゅうで過ごしたと思ったら、
外で遊んでる。
中三男子、まだまだ子供でかわいい。図体はでかいけど。

こちら、幼稚園時代の仲間が集まる会にて。
楽しい会を開いてもらいまして、9年ぶりに会う子もいて、
大きくなった幼稚園児を笑顔で眺めることができました。

夏場はずーっと仕事ですが、冬は遊びに行くことが多くて、
あっという間に時間が過ぎていきますし、無駄な時間もいっぱいw

スマホゲームしたり、漫画読んだり。
でも3年ぶりくらいに知識欲が戻ってきて、ちょっと難しい本も楽しく読みました。
読み返す本もあります。難解な小説は数回読むと理解が深まって、新たな楽しみ。

よし。そろそろ外仕事始める。
だから、次の更新では今年の仕事のことを書きます。
 

2025年11月17日月曜日

サッカーという呪縛

昨日、中3の息子のジュニアユースでの最後の試合が昨日終わりました。

あっという間で楽しかった3年が終わりました。

高校ではもっと楽しいサッカー生活が待っていることでしょう。


3年間黙っていたことを、ここでぶちまけようと思います。


サッカーは習い事ではない。

真剣な遊びだ。

だがその遊びから得るものは大きい。


それがサッカーを続けても良いと思う理由です。

プロを目指すという漠然とした理由で続けていたり、

進路のためにスポーツを続けるという親子が多いことに驚きます。


自立していない子供が多いし、チーム存続のために

優先順位がチームに偏って、子供を蔑ろにしている

指導者があまりに多い。

札幌に限らない問題みたいです。


自分の子供に期待しすぎても、最後には子供が困りますよね。

サッカースクールでは、子供に自信を持ってプレーさせることを

第一の目的としているので、

もしかしたら勘違いをさせていることもあると思いますが、

親が冷静に自分の子供のサッカーにおける「状況」を

判断してあげることは、とても大事です。

夢を持たせるような話はたくさんありますが、

そもそもの運動神経が大きく関わってきます。

その子にあった進路と、本人の自立心と、

バランスよく判断できると良いと思います。


日本のスポーツがまだまだ未発達だと思う理由に、

子供の成長段階に応じた対応ができる体制になっていないことが挙げられます。

チーム方針に従うしかない。


そのチーム方針が「勝つこと」にしか向かっていない。

情けないです。

表面的には拙い言葉を使って巧みに「育成」していることをアピールします。

それは、どこのチームにも当てはまります。

勝つことの目的は、チームの維持です。

チームを維持するには、たくさんの子供がチームに所属することが大事です。

育成することが大事だと大きな志でチームを作った人も、

いつしかチームの維持が目的となってしまっています。


また、成長度合いが子供ごとに違うにも関わらず、

そこに合う指導プログラムはありません。

皆無です。

合わせろ、くらいの姿勢です。

中学生は、体つくりが第一。

怪我をさせる指導者は、馬鹿だと思います。

その子の将来をなぜあなたが阻害するのですか?と。

また、精神的にも未熟ですし、何せ思春期真っ盛り。

大事にしすぎるのも違いますが、

個性の尊重と責任、人としての心の持ちようなど、

サッカー指導者だけに任せて置けない状況は多々あります。


これらに対して反論される方もたくさんいます。

しかし、第三者として見ている限り、その印象を拭えないという事実を

コーチやトレセンやJリーグ所属チームは真摯に受け止めるべきでしょう。

そして、こういう意見を言う親がいると、

その子供が不利益を受けるという情報のつながりも、即刻やめてほしいです。

モンスターペアレントと認定されて、子供が不当な扱いを受ける事例は、

ちらほら聞こえてきます。


また、子供の自立についても、意見が分かれるところです。

サッカー少年というか、高校生になっても、自立心が育っていない子が多い。

自分で考えて、自分で決める。

周りの環境に左右されずにそれができるかどうかが、

自立の判断になりますが、そうさせていない親が多い。

フィールドではチームでプレーしますが、

究極の判断は1人です。

そして、社会に出てからも同じです。

自由であり、1人であり、チームでもあります。

人間としての成長は、そのことを理解して、自立することにあると思います。


などなど、答えの出ないことを悶々と考えた3年間でした。

私は、です。

息子はサッカーを楽しそうにプレーしていました。

そして、勉強と怪我しない体つくりができたことは、

高校につながる財産だと思います。


子供がどういうサッカーを好むかは、

子供がわかっています。

僕もサッカー素人なので、初めはボール扱いが上手い、

体が強い・大きい、速い、などに目を奪われました。

しかし、息子は、チーム連携や、ポジショニング、

アイディア、素早い判断、など、

チームとしてトータルにプレーするサッカーを好んでいます。

つまり、クライフの言うトータルフットボールとか、

バルサのサッカーとかです。

個人技も大事ですが、チームの歯車として機能的に判断し、貢献するか。

それを共有できる相手とサッカーできる環境に来ることを祈ってます。



サッカーに脳みそを侵された親の戯言でした。

2025年11月13日木曜日

片付けおわり、ゆっくりと

11月12日にて、雪前の片付けを全て終えました。

これまでの10数年と違って、
春と秋がそれぞれ1ヶ月もなかったんじゃないかというくらい、
夏への移行の早さ、冬への移行の早さが特徴でした。
それに加えて雨の天気が多くて畑が乾かず、
短い時間でたくさんの作業をしなければならなかったので、
気忙しい一年となった印象です。

アスパラも家族も、なんとか元気に年越しできそうです。
アスパラは今年並みか微増くらいの収穫量が見込まれまして、
味に関しても半分は天気ですが、改良の成果に期待してます。

父も母も歳の割にはとっても元気。
娘は高二の女子高生生活を満喫しているようだし、
中三の息子はサッカーが一旦終わり、高校に期待してる様子。
私はトレーニングや食事改善を妻に手伝ってもらって、
近年で最もパフォーマンスが良い一年になりました。
(おかずの構成が変わり、大変だという愚痴もありますが、家族にもそれは良いはず!)

スタッフたちは今年もフル稼働。
ちょっと人数が少なかったこともあって、
かなり忙しく働いてもらいました。
元気なスタッフの姿に癒されることもちょいちょいあります。
お得意様にもスタッフにも恵まれ、
今年もありがとうございました。



以下、前回からの2ヶ月の推移です。

前回の投稿でゲリラ豪雨ばっかり、と愚痴りましたが、
9/21の写真ではまだ緑をかろうじて保っております。
しかしこの後、あっという間に病気が広がってしまい、


9月26日にはこれくらい黄色く、葉も落ち始めました。
アスパラがほっそりとしていますね。
緑が薄くなってきたのは、養分転流が始まった証拠です。
この養分転流が大事なアスパラ。
本州や九州では夏アスパラの萌芽が終わってからは
晴れて乾く日が多いので、たくさんの光合成が可能ですが、
北海道では萌芽が終わって1ヶ月もしたら雪が降ってきます。
温度も急激に下がるので、養分転流のための光合成も少ししかできません。


10月24日にはもうだいぶん枯れてしまいましたが、
かろうじて緑を残しています。
この3日後に大雪で全て倒れてしまいます。
その前も曇天が多く、どれくらい光合成をしてくれたか・・・。


その少し前、一部の枯れた畑では、病気の菌を焼却すべく、
アスパラを刈り取ってガスバーナーで地面と株元を焼却しました。
女子たち、火の扱いも上手です。


こちらは土壌還元消毒の後に植えたアスパラ。
8/30に植えて1ヶ月の生育でしたが、来年につながる良い生育でした。
ハウスについては、最近では現在収穫中のアスパラ畑に
土壌改良の資材を散布して、そのまま定植する改植が流行っているようです。
色々なやり方があって良いと思います。
ここは私見ですが、アスパラは根域の広い作物だし、
一度植えたら株の下の土はいじれません。
そのまま植えるよりは、しっかり消毒してしっかり耕す方が良いと思います。
九州では1年待てないと聞きますが、消毒期間は1.5ヶ月で済むので、
そのまま植えるよりは、しっかり土壌還元消毒をしましょうと言いたいです。


こちら、茂だけ茂ったけど、熟すのが遅すぎたフルーツホオズキ。
しっかり作っても色々課題が出てきます。
お客さんの希望量が送れなかった悔しい作付けです。
でも来年もやる。


片付けの大きな作業の一つに、ハウスの被覆を巻き上げる作業があります。
写真は巻上げ後に峰部に上って被覆資材をマジックテープで止めているところ。
アスパラが褐斑病にかかってしまいました。
秋の油断です。
ハウスは全部で22棟。
なるべく被覆時間を長くしたい。
雨や雪では巻上げできない。
風があっても巻上げできない。
5人のスタッフと時間との戦いですが、
今年も条件の良い時に無事に巻上げ完了。


片付け終わって満月が出ていたので、とても綺麗でした。
あー、やったぞー、て叫びます。

細かい片付けも、全ては来年のスタートのため。
上手に片付けできると、上手に春のスタートが切れます。
すごいのは、私だけじゃなくて、スタッフも
そのつながりを理解して片付けをしていること。
感動しちゃうよ、本当に。



来年の心配事は、新しいスタッフがたくさん来てくれるかどうかと、
トラクターが20年を超えて修理が増えてきたので、
いきなり壊れないかということかな。

世間的にはクローズになったままですが、
農水省が米を作るのを実質的に制限する生産調整が行われていて、
地域では誰が米を作るかは権力闘争となるかもしれません。
くだらないことですが、自分だけ得しようとする人が現れることに、
とても悲しくなるし、田んぼを巡って争うなんてダメな人間だなと思う。

自分の周りの大切な人たちのために、
来年も一生懸命働くぞ、と毎年仕事が終わる度に思います。
今年も感謝感謝の一年でした。

2025年9月9日火曜日

ゲリラ豪雨、何回来るんだ

8月は雨の多い月でした。

毎日毎時、雨雲レーダーみていたと思うくらい、

小さい豪雨の雲がやってきて、畑を荒らします。

うまく外れる時もあれば、もろに当たってしまう時もあり、

もう運まかせですが、今来なくても30分後には当たる、みたいに忙ない天気。

ぼやいても何も良くなりませんが、雨の降り方が極端になり、

それへの対応が難しいです。

サーッ、とか、しとしと、とか、そんな降り方なら対応しやすいのですが、

ボタボタ、とか、ドバーッと降りますね。

土の表面がぐちゃぐちゃに跳ねるので、バランスも何もぐちゃぐちゃになります。


なんとか対策してこんな綺麗な畑になったかなーと思っても、

雨や朝露でベッタリとアスパラが濡れてしまい、日中の高温で

中が蒸れて枯れたり病気が出たり、しています。
それが露地なんだ。
仕方ない。
だから美味しいんだろ。
対応しろ。
と自分に言い聞かせます。


そして気づけば、露路もハウスも、赤い実をつけています。
植物の生存目的は常に子孫繁栄。
温度が下がってくるとアスパラはその実を充実させます。
甘いですが、食用ではありません。
こうなると、収穫終了の合図です。

実をつけないように管理するのが、農家の腕の見せ所ですが、

少しはつきますw

たくさんつくこともあります。



そして、大失敗しているミニトマト。
定植時に高温にあたってうまく苗が活着せず、

生育遅れを取り戻そうとたくさん液肥と水をやったから徒長気味。

でも花はたくさん着けてしまって、それがトマトの体力を奪い、

実の肥大がいまいち。

アスパラ最優先なのである程度は我慢しますが、

暑さを甘く見ていた技術の拙さを反省します。

9月は本州にはトマトがなくて、それを助けるために作っているのに、

情けないです。


反省は来年への糧。

もう少しで今シーズンも終わるので、怪我しないように仕事します。

更新遅れ、反省しています

露地アスパラが出てから、更新をしておりませんでした。
今年は思ったほどではなかったものの、まあまあの収穫量でした。
品質はとても良く、美味しい春アスパラをお届けできたと思います。

品質については、与えている肥料や堆肥が、
元の土である泥炭とうまく合っているんだと思います。
ところが、量が取れないということは大問題です。
主な原因は病気なのですが、対策については、前年にどれだけやったかです。
昨年の反省を踏まえて、今年は春アスパラ収穫前から病気対策を徹底。
病気対策だけで10くらいの対応がありますが、今年は20くらい実行した感じです。

もちろん、天気には抗えないので、
ゲリラ豪雨が降ると、露地アスパラはやってきたことが全て無駄になるくらい、
ダメージを受けます。
それでも、できることは全てやると腹を括ってやるしかないのが、露地アスパラ。
ハウスのように制御できないことも、美味しさの要因のひとつです。
7月はかなり乾燥気味に推移したため、綺麗なアスパラ畑となりました。
アスパラは乾燥に強い野菜なので、乾燥で枯れることはほぼなく、
逆に乾燥してゆっくり成長することで逞しい親木に成長します。

6月下旬から高温に入り、8月よりも暑い6月下旬〜7月上旬でした。
そのせいか、アスパラの生育がとても早く、ブログ更新に力を使えませんでした、
という言い訳があります。

そんな中、突如収録依頼が舞い込みます。
朝のテレビ番組「ラヴィット!」のロケ依頼。
1週間前に依頼が来たのに、濃いめの内容でした。
来てくれたのは、南波アナウンサー。
うちの夏アスパラを紹介してくれたのは、
お笑いコンビ「ロングコートダディ」の堂前さん。
ソーセージみたいな野菜、は大袈裟だと思いますが、
みなさん美味しさに驚いてくれて良かったです。


7月は最後の野菜、カリフラワーの定植もありました。
スタッフは暑い中一生懸命。
この後雨が続いて、一気に成長するのですが、
雨が多い8月になるとは、乾いた7月からは一変した対応を強いられました。
その辺は次回に書きます。

雨が多く暑かった夏も、9月に入ると急に秋の空気に鳴るのは、
さすが北海道だと思います。
10年前なら12度を下回ることで養分転流のスイッチが入り、
アスパラの色が褪せて、収穫量も激減するのですが、
最近では15度で反応します。夏が暑いと、反応温度も変わります。
当然と言えば当然ですが。