2025年9月9日火曜日

ゲリラ豪雨、何回来るんだ

8月は雨の多い月でした。

毎日毎時、雨雲レーダーみていたと思うくらい、

小さい豪雨の雲がやってきて、畑を荒らします。

うまく外れる時もあれば、もろに当たってしまう時もあり、

もう運まかせですが、今来なくても30分後には当たる、みたいに忙ない天気。

ぼやいても何も良くなりませんが、雨の降り方が極端になり、

それへの対応が難しいです。

サーッ、とか、しとしと、とか、そんな降り方なら対応しやすいのですが、

ボタボタ、とか、ドバーッと降りますね。

土の表面がぐちゃぐちゃに跳ねるので、バランスも何もぐちゃぐちゃになります。


なんとか対策してこんな綺麗な畑になったかなーと思っても、

雨や朝露でベッタリとアスパラが濡れてしまい、日中の高温で

中が蒸れて枯れたり病気が出たり、しています。
それが露地なんだ。
仕方ない。
だから美味しいんだろ。
対応しろ。
と自分に言い聞かせます。


そして気づけば、露路もハウスも、赤い実をつけています。
植物の生存目的は常に子孫繁栄。
温度が下がってくるとアスパラはその実を充実させます。
甘いですが、食用ではありません。
こうなると、収穫終了の合図です。

実をつけないように管理するのが、農家の腕の見せ所ですが、

少しはつきますw

たくさんつくこともあります。



そして、大失敗しているミニトマト。
定植時に高温にあたってうまく苗が活着せず、

生育遅れを取り戻そうとたくさん液肥と水をやったから徒長気味。

でも花はたくさん着けてしまって、それがトマトの体力を奪い、

実の肥大がいまいち。

アスパラ最優先なのである程度は我慢しますが、

暑さを甘く見ていた技術の拙さを反省します。

9月は本州にはトマトがなくて、それを助けるために作っているのに、

情けないです。


反省は来年への糧。

もう少しで今シーズンも終わるので、怪我しないように仕事します。

更新遅れ、反省しています

露地アスパラが出てから、更新をしておりませんでした。
今年は思ったほどではなかったものの、まあまあの収穫量でした。
品質はとても良く、美味しい春アスパラをお届けできたと思います。

品質については、与えている肥料や堆肥が、
元の土である泥炭とうまく合っているんだと思います。
ところが、量が取れないということは大問題です。
主な原因は病気なのですが、対策については、前年にどれだけやったかです。
昨年の反省を踏まえて、今年は春アスパラ収穫前から病気対策を徹底。
病気対策だけで10くらいの対応がありますが、今年は20くらい実行した感じです。

もちろん、天気には抗えないので、
ゲリラ豪雨が降ると、露地アスパラはやってきたことが全て無駄になるくらい、
ダメージを受けます。
それでも、できることは全てやると腹を括ってやるしかないのが、露地アスパラ。
ハウスのように制御できないことも、美味しさの要因のひとつです。
7月はかなり乾燥気味に推移したため、綺麗なアスパラ畑となりました。
アスパラは乾燥に強い野菜なので、乾燥で枯れることはほぼなく、
逆に乾燥してゆっくり成長することで逞しい親木に成長します。

6月下旬から高温に入り、8月よりも暑い6月下旬〜7月上旬でした。
そのせいか、アスパラの生育がとても早く、ブログ更新に力を使えませんでした、
という言い訳があります。

そんな中、突如収録依頼が舞い込みます。
朝のテレビ番組「ラヴィット!」のロケ依頼。
1週間前に依頼が来たのに、濃いめの内容でした。
来てくれたのは、南波アナウンサー。
うちの夏アスパラを紹介してくれたのは、
お笑いコンビ「ロングコートダディ」の堂前さん。
ソーセージみたいな野菜、は大袈裟だと思いますが、
みなさん美味しさに驚いてくれて良かったです。


7月は最後の野菜、カリフラワーの定植もありました。
スタッフは暑い中一生懸命。
この後雨が続いて、一気に成長するのですが、
雨が多い8月になるとは、乾いた7月からは一変した対応を強いられました。
その辺は次回に書きます。

雨が多く暑かった夏も、9月に入ると急に秋の空気に鳴るのは、
さすが北海道だと思います。
10年前なら12度を下回ることで養分転流のスイッチが入り、
アスパラの色が褪せて、収穫量も激減するのですが、
最近では15度で反応します。夏が暑いと、反応温度も変わります。
当然と言えば当然ですが。

2025年5月10日土曜日

定植2年目の畑にて、その2

このタイトルの投稿が、なぜか閲覧数が多いので、

13年経って、追記をしたいと思います。

 https://hiroshicommit.blogspot.com/2012/09/blog-post_7.html


2年目の萌芽は、雪解けから2週間〜3週間で始まります。

最近では茎枯病の菌の繁殖が早いので、春から培土する方が

病気にかかるリスクを低減できます。


うちでは、畝間をロータリで土を柔らかくしてから、

小さいトラクターで培土します。



培土後に、放線菌の繁殖を促す資材を散布して、
病気の予防を図ります。


以前であれば、2年目はそのままアスパラを伸ばして、
3年目に備えて養生を考えるだけでした。

ところが、北海道でも露地アスパラの茎枯病感染が
深刻になってきており、病気対策が最優先、
次に生育コントロール、という感じです。
それだけ、露地ではアスパラが作りにくくなっています。

植えて3年目から収穫の露地アスパラは、
1年目、2年目で失敗しすると、何の収穫がないまま終わることがあります。
その恐怖というか、資金繰り悪化して借金ばかりが増える
という悪循環を過去に経験していると、
攻めよりも守りのことが最優先になります。
何も考えずに攻められるハウス栽培とは、ちょっと違います。

2年目の夏場の管理は、ひたすら剪定です。
その時期ややり方も、病気をつけない、それが第一。
収穫をする場合もあるし、放置できる場合もありますが、
それは天候次第、雨の降り方次第で、何万通りの管理方法があります。

どうやって3年目に繋げるか。
楽しみでもあり、ストレスでもありますが、これがアスパラ栽培。
正解なき難問に挑める、農家ならではの充実感を、
いい形で楽しみたいと思います!

2025年4月26日土曜日

ハウスアスパラ始まってます

アスパラの収穫、4/7に開始しています。
3月下旬から気温が全然上がらず、ヤキモキしていました。
二重ハウスで加温を始めてから、萌芽までも長く、
萌芽してから収穫までも長かった・・・。

これが、4/3

これが4/17

ハウスは違いますが、ハウスアスパラがたくさん、
となるまで、時間がかかりました。

そして、すぐに低温がやってきて、低収量に・・・。

そして堆肥も投入するほど、時間もけっこうあります。

露路の畑も、ネットをとって、刈払機で殻を切り取って、
集めて焼きます。

そして、畝の上をガスバーナーで焼却しています。
とても時間がかかる作業だし、露路はやったことが
必ず成果として現れるわけではないので、
これまでやっていませんでし。
ハウスでは、やっています。

病気の対策として、最終手段を使いました。
とにかく、時間がかかる上に、乾いていて、
風がない晴れか曇りの日、という条件でしか作業できません。
それは、できる年にしかできないことがわかりましたが、
今年はやりたい畑の2/3を焼くことができました。

これで、今年の状況を見て、来年どうするか考えます。


こちら、SSのアスパラです。

乾燥すると、こうなります。
ドライアスパラの完成です。
アスパラマニアのための商品です。

うちにしかできない商品なので、
自信ありますが、量は極小です。

露路アスパラの準備をしつつ、ハウスの収穫と
ハウスの来年への準備。
発送も始まり、少しずつアスパラがお届けできていると思います。

もう本を読んでも頭に入らないし、夜のご飯も行けない。
アスパラと少し子供たちのために、アスパラに集中していきます!

2025年3月16日日曜日

今年は雪が少ない

温度の上がりは遅いですが、雪が少ないので、
過去一番早い時期にハウス張り終わりました。

こちら、3/2に張り終えたハウス群

ハウスの中に50cmくらい雪を残すのですが、
3/6でこのくらい。
土が見えてくると、土から放線菌の香りがします。

3/9にはこのくらいに。
完全になくなったのは3/14です。
このあとは、土の上に被っている昨年の
アスパラ残渣を外に持ち出して、
表土を均して、二重ハウスを被覆します。
3/17か18にはそれが完了するので、
早いと4/1くらいに収穫開始です。


こちらは3/15の露地アスパラの畑。
よく見るとポツポツと昨年のアスパラ残渣が見えます。
あと40cmくらいの積雪でしょうか。
今年から病気対策で株元をガスバーナーで焼却することにしました。
いつもは、早くアスパラが出過ぎないように融雪剤を撒かないのですが、
今年は焼却作業のために、早く雪を溶かします。
広い畑、どこまで焼却に時間がかかるか、やってみないとわかりません。


収穫前も、収穫中も、収穫後も、
とにかく準備と段取りが大事。
今年も半年にわたるアスパラシーズンがまもなく始まります!

2025年2月22日土曜日

パートさんの募集をしています




うちやま農園はパートさんが元気に働くことでは、

多分北海道で一番なんじゃないかと思っています。


経営移譲を受けた10年前から、雇用の改革に着手しました。

(以降、大きく改革したのは、雇用、ハウス、販売)

母は、楽しく仕事をしたい人。

父は、仕事を監視して無理矢理でも目一杯仕事させようとする人。

そして昔から来ているパートさんは、どうなんだろう?

パートさんが辞めていき、人手が足りなかった10年前、

なんでやめるんだ?よりも、

どうやったら仕事してもらえるんだ?を考えました。


アドバイスをくれたのは、就農当時からうちやま農園に来てくれていた、

ある編集者の方です。

こういう仕事をしてほしい、

この時間は必ず来てほしい、という数々の農家のわがままを、

わがままだと認識させてくれました。

そして、こういう人に来てほしい、

こういう人ならうちで仕事すると良いかも、

とか、そんな条件・待遇をたくさん考えて、求人広告を出しました。


もちろん、父は大反対。

そんな無駄な金使って、みたいな。

その条件・待遇とは、

・休み自由(休みのために仕事してください)

・健康第一、家族第一

・好きな時間を選べる

・7ヶ月で100万円以上稼げる

・美味しいアスパラをたくさん収穫するためにたくさん手間をかけたい、

というこちらの願いを明確にする

などです。


たくさんの応募が来て、たくさんの人の話を聞き、

またそれを翌年以降の雇用に生かし・・・、

というPDCAサイクルを回し続けて今日に至ります。

来てくれている人の「こういう風に働きたい」の希望には、

かなり寄り添って対応できていると思います。


スタッフにも責任を負わせすぎず、

来るもの拒まず、去るもの追わず、

のスタンスです。

長い人で30年以上、主力の方々は40代で10年前からいる人も、

5年前も、去年の人もいます。

人の都合に合わせて仕事を作るのは、私はけっこう上手いと思います。


2024年に4名入ってくれましたが、1人が離脱。

30年以上来てくれた方も、高齢のために離脱。

年収の壁や社保の規定も変わる国会の動きを受けて、

環境が少し変わってくるので、今年も数名募集します。

畑の人と、選果専門の人。

2月24日から「シゴトガイド」にて募集しますので、

興味ある人は覗いてみてください。

https://www.sgnavi.com/iwamizawa/